猫まち

山崎るり子・みじか詩

2018-08-01から1ヶ月間の記事一覧

   雨

一匹目の子猫ペテパタペテパタ蕗の葉の下で 二匹目の子猫トテンタントテンタン物置小屋の軒下で 三匹目の子猫物置小屋の藁の中ぐっすり寝てる 四匹目の子猫パチャピチャプチャペチャ小川の辺り 五匹目とじゃれててポチャッ 流された

   国道

ねこが轢かれるのを見た ねこの体から小鳥が百羽飛び立った と右どなりの人が言い ねこの体から鼠が百匹走り出た と左どなりの人が言ったがわたしは 何も見えなかった

   ふふふ

何日も食べ物が見つからない時はひもじい でも不幸せじゃあない 一人で死を迎えるのはきっと心細い でも不幸せじゃあない 幸せの上には不なんか乗っかっちゃいないよ 公園に住んでいるおじさんふふふ 時々猫の姿で笑う

   真昼

金魚売りが行く そのあとを子どもたちがついていく そのあとを猫たちがついていく 行列が通り過ぎると あたりは蝉の声の闇

   よふけ

ザザザジジ ズズゼ ズズゾ ズニッ ねこがゴキブリつかまえた

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猫抱けば腕の汗に猫の毛

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猫を抱いて金魚を見ている

   入道雲

墓石の日影に入ったまま じっと動かない 石屋の猫たちは 遠雷には驚かない

   布団屋

綿雲を集めて布団を作っている布団屋の 雲を招くという張り子の招き猫は ふっかふかの座布団からよく転がり落ちる

   熱帯夜

猫は夢の中で鼠を追って走っていた 人間は夢の中でお化けに追われて走っていた 猫は夢の中で走り疲れて眠ってしまった 人間は夢の中でまだ逃げ続けている

   猫谷

猫探しの旅に出た者が行き着く所 何万匹もの猫がいる谷から 鳴き声だけで見つけ出すのだ 名を呼べば真っ暗な谷から 必死で答える猫の声はどれも似ていて 捜し出し連れ帰ったものはいない

   ねむれこねこ

ねむれねむれこねこ おきたらあそべ あそべあそべこねこ おなかがへるぞ たべろたべろこねこ ねむたくなるぞ ねむれねむれこねこ こねこのままで としをとれ

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蝉の声を咥えて猫来る

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猫を抱いて見る入道雲

   幸福

踏まれる場所に多いという四つ葉のクローバー 踏まれて摘まれて押し葉になって 辞典の中で文字に踏まれている 966ページねこのひたいねこのめねこばば の下で幸福を祈っている

   胡桃の最中

「お陰さまで行ってこれました 百歳の母に会うのはこれがきっと最後です」 おばあさんはお土産をお隣さんに渡した お隣さんは預かっていた猫を渡した 年寄り猫はキャリーの中で小さく鳴いた

   夏

いちりっとらんらんはろはろらんらん らっきょくってきゃっきゃっきゃべつでほい 子どもが鞠をついている 猫が猫のやり方で顔を洗っている 空からあぶないものが落ちてこなくなったので おもちゃ屋は打ち上げ花火を店に並べる

   化け猫

『子猫あげます』の貼り紙 可愛がってくださる方 の横に 時々油を舐めさせてやってください の横に ほとんど人間の子供の姿でいると思います

   お盆

「ずーっと昔の昔のじいじもばあばも?」「ああ」 「犬や猫や馬も?」「ああ牛も蚕も鶏もだ」 「そんなに乗って大丈夫?」「魂に重さはないよ」 おじいさんと孫が迎え火を焚いている 足の付け根からいい匂いを滴らせて 胡瓜の馬が駆けてくる

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猫抱いて猫抱いていた父を思う

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猫抱いて聞く油蝉風止まる

   道

おばあさんは西の村に行く途中で猫を拾う 西の村にほしい人はいなくて帰り道 おばあさんは拾った場所に猫を置く こんどは捨てる人になる

   氷屋

夏になるとそれぞれに 氷屋を通ってくる風に吹かれにいく 氷屋の主人は猫を抱いて 冷たくなった手をあたためる 猫の肉球は桃畑に敷いてある 藁のようないい匂いだ

   晴天

猫が寝ている おばあさんが寝ている 洗濯物が乾いていく どちらかがこのまま 永遠に寝たままでも 洗濯物が乾いていく

   暑さ吸い

この軟体動物のような球体は ふわふわと勝手に動き回り 夏の暑さを吸って冬に吐き出します ただ猫パンチを受けると 萎んでしまうので気をつけて

   青みどろ

絶対いるのに ヘビネコはいるのに 誰も信じてくれない そう言ってカッパは 沼から出てこない

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猫待てば蚊取り線香のカーブが落ちる

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猫を抱いていると用事たのまれない

   靴屋

歩くたびに踵から 猫の餌がころがり出る靴を 作った靴屋 依頼人は姿を見せず

   庭

「病気治るな病気治るな この家の主が寝込んでいる間に俺たち 伸びようぜ種をこぼそうぜ土を覆い隠そうぜ」 庭の草たちざわざわざわざわ のら猫の通り道も消えてしまった