猫まち

山崎るり子・みじか詩

2018-01-01から1年間の記事一覧

   月は

月は細い腕を伸ばして 冷たくなった猫の体を撫でました 静かに何度も撫でました それからお腹をすかせていた キツネの子を捜しに行きました

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猫を片手に鱈の切り身に塩をふる

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猫抱けば鐘が鳴るなりと言いそうになる夕暮れ

   金物屋

雪の日は冷たい音がする 金物屋の主人は並んでいる鍋を菜箸で叩いて ねこふんじゃったを演奏できる たださっきじゃったが売れてしまった

   理髪店

みるみる水浸しになっていく青い床を 二匹の白猫がふさふさの尾で掃いているのでした 水と思ったのは窓から流れ込んできた月の光で 二匹が尾を振ると金の雫が鏡の中で次々と開いて 理髪店の床は冬花火の下の湖のようでした

   洗濯屋

洗濯屋の汚れ猫と言って笑うなよ すすけ色は生まれつき すす猫がいると洗濯物が白く見える 受け取るお客さんにっこり 渡す洗濯屋もにっこり

   洋装店

無地がご希望ですか?それとも色柄物? 水玉,豹柄,縞模様,いろいろ取り揃えてございます どれも上質な毛100パーセント手触り最高 そのうえ生きております 店主は奥から子猫を大事そうに抱えてきた

   宝石店

飾ってあったネックレスが消えた 飾り窓の下に足跡があったと近所の人A 使用人が一人辞めたらしいと近所の人B 数日後店主は猫の首に光るものを見る 孫のおもちゃ箱のぬいぐるみの猫の首に

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猫待てば「たき火」の歌流してやってくる灯油売り

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乾物屋にも猫待つ人がいていつも一人

   月 7

「ありがとう ではね」おばあさんはうれしそうに言って よろよろとその場所にしゃがみ込んだ 「じゃあね」猫もうれしそうに言って よろよろと草藪の中に入っていった 遠いところから来た光を反射させて 月は真上に昇り 町は湖の底の白い砂のように動かなかっ…

   月 6

「おばあさんはどこへ行くの?」猫が聞いた 「私は自分の家に帰るところ そこで一人暮らしの続きをするの でも迷ってしまって ここはどこかしら 私の家はどこかしら」 「おばあさんの家からお月さんは見えた?」 「よーく見えたわ」 「じゃあ家はここだよ」

   月 5

「こんばんは」とおばあさんが言った 「こんばんは」と猫も言った 「どこへお出かけ?」 「オイラは暗くて静かな場所へ行くところ 野良暮らしの続きをするんだよ そこでうずくまって待つんだ」 「何を?」 「おしまいを」

   月 4

こっそり逃げ出そう 網戸を破って お月さんがきれいだ ああ いい風 こっそり抜け出そう だれも見ていない間に お月様がきれい ああ いい気持ち

   月 3

外に出してもらえない 扉は全部閉まっている 野良の時みたいに草の側にいて 土の匂いを嗅ぎたいんだ だから 外に出られないの 自由に出かけられないの 一人暮らししていた時のように 好きな時に好きなことをしたい だから

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猫待てば子供の頃の町になる

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猫待てば日は暮れて出会った人たちの後ろ姿

   月 2

ここは至れり尽くせりだ 寒くはないし 湿ってもないし お皿の上にご飯があって つぐらがあって でも ここは至れり尽くせりだ 話しかけてくれて 手を握ってくれて 食事を出してくれ シーツを替えてくれて でも

   月 1

オイラはよぼよぼの年寄り猫です 弱って動けないでいたところを保護されて 今 ここにいる ここ? 人間の家の中 私はたぶん相当なおばあさんです 転んで動けないでいたところを助けられて 今 ここにいるの ここ? 老人ホーム

   時計屋

時計屋の 指サックの中の 人差し指には 猫の歯形がついている

   染物屋

染物屋の猫は代々白猫で 首に藍色の布を巻いている 染物桶に落ちたという猫は まだいない

   写真館

写真館の飾り窓には 白黒の猫を抱いている少女の白黒写真 この人うちのおばあちゃんにそっくり と言っている女の子にそっくり

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猫待てば猫さらいのうわさ山茶花散る

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猫待てば昨日の人もやってくる

   透明猫 5

私もいつか透明になったら 夜の穴の入口で震えている人の側に行きます そこにただ居ることで私は猫の気配を纏うのです ミス・クラベルは今年最後の月に スリッパを新しくした

   透明猫 4

路上の似顔絵描きに描いてもらったのです 何かを抱えているポーズですねと聞かれたので 透明な猫を抱いていますと答えました ミス・クラベルはベットの横の棚に 額に入れた小さな絵を飾っている

   透明猫 3

小さなボールを机の上に置いて出たのです 帰ってドアを開けるとき息を止めて そーっとそーっと開けました ボールは置いた時のままで そのままで ミス・クラベルは一人暮らしが二十年になった

   透明猫 2

堂堂巡りの長い夜には きっと来てくれます 私が寝つくまで枕元で丸くなって ただ居てくれるだけの猫です ミス・クラベルは清掃会社に勤めている

   透明猫 1

ソファーに座ると感じるのです 今日も来てくれたと 私の横に静かに座って ただ居てくれるだけの猫です ミス・クラベルは小さなアパートに住んでいる

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猫を抱く人の側で眠る