猫まち

山崎るり子・みじか詩

2019-05-01から1ヶ月間の記事一覧

   今

いろいろありがとうございました とは猫は言わない 今夜姿を消しますがどうぞ捜さないで とは猫は言わない いつもどおりに水を飲み背中を舐め 欠伸したりしている だから今 はとても平和な時間 お向かいの垣根のつるバラが満開だ

   猫はいかが

「猫はいかが? 見る猫 潜る猫 嘆く猫 飛ぶ猫 消える猫 チューチュー鳴く猫 パンでできた踊る猫もありますよ」 「本物の猫はいないの?」とお客さん 「本物の猫はいけません 手がかかってそりゃあ 大変です それに」と店の人 「私たちロボットにはあまり懐き…

   ひるね こねこ 3

ねむれないこねこの しっぽのそばでねむってあげましょう すっかりすやすや ねむりすぎ よなかにめがさめ もうねむれない しかたがないから こねこにあそんでもらいましょう

   ひるね こねこ 2

ねむれないこねこに おやすみのほんよんであげましょう しっとりしとしと ごごのあめ かさをなくした ねずみのはなし

   ひるね こねこ 1

ねむれないこねこに こもりうたをうたってあげましょう たっぷりたらたら ひるまねて よるになかまと あそべるように

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猫を抱いて猫のゴロゴロを肺に響かせる

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猫抱いて上の空の返事する人

   岸

向こう岸には一番好きな人を 迎える場所があって そこに一ぴきの猫が座っている こちらの岸からゆっくりそこへ 渡っていく人がいる 体を脱いで もうはっきりと 行きたいところへ行けるのだ

   おばあさんの猫

出窓のカランコエは枯れてしまうだろう 一人暮らしのおばあさんが入院したので 猫は愛護団体に引き取られた 意識のないおばあさんの右手が猫を撫でるように動く時 檻の中でうずくまっていた猫が頭を上げる ペット禁止のアパートにいた猫は鳴いたことがない

   猫と

箱と猫 捨て猫 猫と箱 かくれんぼ 雨と猫 濡れねずみ 猫と雨 水溜まりの水飲み場 人と猫 捨て猫発見 猫と人 飼わせていただく

   病気

開くと音の出る傘 元気になったらそんな傘を作ろう 雨の音が響く傘屋の眠りの中に 色とりどりの傘が次々に開いていく 鈴の音 小鳥の声 ピアノの音 子猫の鳴き声 花火の音 ファンファーレ

   スープ

猫は時間をスープにすることだってできる ごらんよ お玉で鍋をかき回している猫の絵 あれは舐めてきれいに揃えた時間を 鍋にそっと放してトロトロトロ煮つめているんだ 上等な眠りにするためにね

   ■

抱かれて猫は何を見ているのか

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猫抱いて猫近づける藤の花

   血

「あっ」と男の子 猫にちょっかいかけて指を嚙まれた 「血が出た,消毒だ薬だ絆創膏だ」と大騒ぎ 「舐めておけ」と猫 「舐めてやろうか?」とおばあさん

   庭

ハゼの木は百の葉の輝きのため千の葉に影を作り 何の間違いも無いという姿で立っている 枝の透き間ではユスリカが群れて踊り アケビの芽には肩を寄せ合うアブラムシ 猫が通り過ぎる この辺りのボス猫 この庭がだれかの魅力的な場所になっていると思える午後

   浜

浜に魚が一匹 まだ生きている波は魚に届かない浜に猫が一匹 お腹を空かせている魚の匂いは猫に届かない空に鳥が一羽鱗を光らせて魚は巣で待つ雛に届いた

   むかしむかし

ドブネズミ クマネズミ ハツカネズミが ねずみ算で子を増やしている頃 猫は飼い猫になり ガラス越しの鳥を眺めカリカリを食べ 子を産まずに太っていった 猫を知らない鼠たちの静かな時間 年寄りの鼠が話す猫の出てくる昔話

   飛び立つ

鳩の群れ 空に蒔かれたように散らばり 風に乗って 広がり 風に逆らって 一瞬 空にはめ込まれ 停止する 地上に猫の影一つ

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一枚の絵の中の猫と絵描きの永遠の宇宙

   絵描きと猫 6

絵描きは鼓笛隊を蹴散らし 救急車を木っ端微塵にし ミサイルを掴んで投げ返す などしていたが 静かな日々は訪れず とうとう猫と二人 ロケットで地球を脱出した ヤッホーやっと猫の絵が描ける 猫を描きたいのだ どうしても

   絵描きと猫 5

飛行機を飛ばすな 爆弾を落とすな 戦を中止せよ ラッパを吹くな タップを踏むな 祭りを中止せよ 猫が起きてしまう 猫を描きたいのだ どうしても

   絵描きと猫 4

電車を走らせるな 怪獣を歩かせるな ロボットのネジを巻くな パトカーを風呂に沈めろ 積み木を砂場に埋めろ 泣くな子ども,猫が起きてしまう 猫を描きたいのだ どうしても

   絵描きと猫 3

金の盃に走る傷 ブラックホールを縁取る網の刺繍 格納庫の中の静かな配列 喉の奥のアコーディオン この危険を孕んだソファーの上の眠りを このしなやかな平和を ああ 描きたいのだどうしても

   絵描きと猫 2

絵描きは午後の陽に晒されている奥さんの横顔も見ずに 赤子の手の甲のふくふくにも触らず 母親の墨流しのような昔話に耳も傾けず 猫ばかりを描いている 描き上がるとそれはいつも猫ではなくなっている ああ猫を描きたいのだ どうしても

   絵描きと猫 1

絵描きは寝ている猫をうっとり見つめる こんな無防備でやさしい形があるだろうか これこそ平和,平和そのものだ 壊しちゃいけない 守らなきゃいけない 絵描きは絵筆を握り立ち上がる 見つめていないと消えてしまいそうだ さあ何があっても描くのだ

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百ぴきの猫が駆け寄ってくる朝方の夢

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猫まてばそこはふるさとの庭

   川光る

避妊手術などなかった頃 それは普通にばばの役目 まだ目の開かぬ何匹か懐に入れ 千曲川に向かう ほーれ ほーやれ 川に消える子猫の放物線 しばらく懐に残るぬくとさ

   外

くびわもいらない なまえもいらない もうだれのものでもない あしのうらがざくざくする 風,ああ においにおいにおいにおい