猫まち

山崎るり子・みじか詩

2019-04-01から1ヶ月間の記事一覧

   地球

人類が滅んだので ゴキブリがわやわや広がった ゴキブリを食べて ネズミがさわさわと数を増やした ネズミを食べてネコが ぎいぎいと太っていった そして時々 何かを思い出して ナーと鳴いた

   青空

三日降り続いた雨が やっと上がった 長屋から出てきた猫は 咳止めシロップのにおいがする

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自己チューの人と別れて自己チューの猫を抱く

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猫を抱き一人でもヘイキという人が住む星

   決心

いつかいつかはもうお終いにしよう 憧れていたものを此処に引き寄せよう 猫の一生を見守る人は 自分の一生も見守ることにした 猫を膝から下ろして 立ち上がった

   通学路

「交通安全」と書かれた旗を 風が揺らしていく 昨夜轢かれた子猫の塊は まだ何も知らずに動く旗の影で遊んでいる 体から散った白い毛は風に運ばれて 川岸のアカシアの天辺をかすめ たんぽぽの綿毛といっしょに まだ空にいる

   3 お父さん吐く

「全部吐いちまいな楽になるぞ」と刑事 犯人はクワっと毛玉を吐いた 「すっきりしただろう カツ丼食いな」 そんな猫漫画を読んでいるお父さん 「私ももろもろを毛玉みたいに吐き出して 楽になりたい」と弱音を吐いた

   2 お父さんの午後

子どもは眠たい時に眠る 猫も眠たい時に眠る 年寄りも眠たい時に眠る 眠たくても眠ってはいけない会社のお父さん ゆるやかなさかみち とおくのくらくしょん めがみさまのてまねき

   1 お父さんとタマ

「玉木さんがね たまたま行った多摩川で 玉手箱拾ってね 玉ジャリ入れておいたらね 卵になっていたんだって」 「たまげたねぇ」 タマという名の猫の耳がヒクヒク動くのが面白くて こんな会話をしている娘たち お父さんは黙って新聞を読んでいる

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猫を待てば猫を待つといういちにちになる

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時間は石の上で丸まって眠る猫をあたためていく

   夕暮れ時

「39億年前 最初の細胞が生まれた近くで 小さな泡が弾けました。 それが何か影響を与えたのだと考えます。 その時から生き物はみな抱えてしまったのです」 少年は生物の先生が言ったことを思い出す 言葉では伝えられない痛みのようなもの 猫を撫でながら一つ…

   雨の朝

雨の日に 水道の水掛けてやる 出窓の鉢植え 雨の音 雨の日の 朝帰り猫拭いてやる ピンクの肉球 割れた爪

   お見舞

男の子の孫はおばあちゃんの息子の名で呼ばれた 女の子の孫はおばあちゃんの娘の名で呼ばれた うれしそうにおばあちゃん ベッドの上にきちんと座っている 思い出話の中の猫はみんなマリだ

   嵐

ザッガン ザッガン ザッガン 街路樹も庭木も交通安全の旗もみんな 巨大洗濯機の中だ ボウガアボウガアボウガア 遠くの風も近くの風も回されている 小さな部屋の花柄の薄い座布団の上で 耳も動かさずに眠っている猫

   王様の猫

王様の猫は 黒檀のタワー 銀杯の水飲み 砂金入りのトイレ でもいつも猫は城を抜け出す 外には小鳥を隠しているタワー 魚を光らせる水飲み どこまでも続く一面のトイレ 王様は今日も真珠の猫じゃらし降って 猫を呼んでいる

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猫を待つ人にいつもの夕暮れのチャイム

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猫を待つ時間 ひとりがひとりきりにならない時間

   野良猫 5

寂しい時は寂しいフリをしてみる わざと下手くそな寂しいフリ 塀の角に頭を擦りつけてみる 誰か見ていてくれないだろうか

   野良猫 4

名前を呼ばれて帰っていく者には 鳥はただのおもちゃだ パッと消える獲物 消える前に飛びつく

   野良猫 3

底の無い青に向かって あらゆるものがキラキラと 腕を伸ばしている気配 入り口が小さな側溝の中で 今日はじっとしていたい

   野良猫 2

一つ鳴くと声になって 二つ鳴くと言葉になって 三つ鳴くと歌になってしまうので 椿の木の下で立ち止まる 花の下で声を蔵う

   野良猫 1

だれも知らない所で眠り だれも知らない所で死んでいく 「猫ちゃん」なんて猫撫で声で呼ばれるのは 真っ平ご免 暇つぶしに人間を眺め 近づいてきたらすたこら逃げる 気が向いたら一回だけ振り返ってやる

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猫を待ち続けていた子供の頃のあの時間

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猫を待つ人 ポケットは煮干しの匂い

   菜の花

影を靴に貼り付けて そろそろと進む子ども 影を置き去りにして ジャンプする子ねこ 蝶は高く 空へ

   葉っぱは

葉っぱは空を飛びたかった 芋虫に食べてもらって蝶々になった 蝶々は池で泳ぎたかった 水面を飛んで魚に食べてもらった 魚は町を歩いてみたかった 浅瀬で跳ねて猫に食べてもらった 猫は町の外れの小さな平屋に一人住む おじいさんの膝に帰っていった

   昼下がり

あらゆる穴に合うという チェーン付きの 浴槽用万能ゴム栓で 登校しなかった男の子は 子猫を遊ばせている

   老人ホーム

思い出は喋る度に脂ぎってくる 「ちょいと火が付いたら燃えてしまうよ」 と一人が言う 「燃え尽きる最後の火で温まろうよ」 ともう一人が言う セラピー猫は膝の上 思い出話は尽きないけれど 仕事はもうすぐ終わる

   四月の庭

庭の木々は 痛みが引いた朝のように ほがらかに枝を伸ばしていた 眠っている猫がいるこの部屋から 陸つづきのように そこへ旅をした