猫まち

山崎るり子・みじか詩

   一年

一年が経ったので 一年間を振り返ることができる でも振り返るのはもう少し先 いいこともわるいことも全部 受け取りましたと伝えたいのに あの白い猫がみつからないのです

  猫は

猫はタオルです 涙が拭けます 猫は日向です 凝った体をじんわりさせます 猫は子守唄です 猫の喉の揺れと合わせていれば 夜は味方です 猫は湯たんぽではありません 足の先でつつかないで

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死ぬことを受け入れている猫を抱く

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猫ブラシを片手に持って猫を呼ぶ

   撫で撫で療法 その2

猫が近くにいない人は ゴロゴロサイトを開きましょう パソコンの画面に猫の顔が出てきたら おでこはなあご おでこはなあご ゆっくり何度も撫でましょう 喉鳴らしの音が聞こえてきたら目を閉じて そのまま そのまま

   撫で撫で療法 その1

心配事は猫の背中に乗せましょう そして静かに撫でましょう あたまくびせなか あたまくびせなか 何度も何度も撫でましょう 夕暮れ時は 淋しいも乗せてみましょう

   ミイヤ(せいくん5)  

せいくんは大人になって靴屋の職人になった 言われたとおりに黙々と皮をなめした 仕事帰り 川沿いの草はらに向かって せいくんはミイヤを呼ぶ 「メエア メエア」 夕方の風が草を渡ってやってくる せいくんの耳にははっきりとミイヤの声が聞こえる せいくんは…

   ミイヤ(せいくん4)

ある日からミイヤがこなくなった 何日待っても現れなかった 「メエアメエアメエア」 せいくんは夕方の深くなる淋しさの中で ミイヤを呼んだ 毎日毎日ミイヤを呼んだ

   ミイヤ(せいくん3)

せいくんはミイヤの人間だった 夕方草の原で隠れたり見つけられたりした そのあとたっぷり撫でてもらった ミイヤはせいくんの猫だった 母親が仕事から帰るまでの間 ミイヤを撫でていると心がすべらかになった

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飼い主待つ猫は飼い主の足音だけを知っている

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猫待つことが私が居る理由とその人は言った

   ミイヤ(せいくん2)

「ミイヤおいで」と言うのをせいくんは 「メエアあええ」と言った 友達は笑い からかって真似をした どんなふうに呼ばれようと ミイヤはちゃんとわかった

   ミイヤ(せいくん1)

ミイヤはせいくんの猫だった 学校から帰ってからの一人きりの時間 せいくんはミイヤの人間だった 夕方の遊び相手がほしい時間

   ミイヤ(たいぞうさん4)

「ミイヤおいで」 たいぞうさんは今も暗がりに向かって ミイヤを呼ぶ たいぞうさんはミイヤの人間だったので ミイヤはちゃんとやってくる 風が雨戸のすき間から入ってきて ミイヤが近くにいると教えてくれる たいぞうさんは新しくした布団にゆっくりともぐり…

   ミイヤ(たいぞうさん3)

ある日から戸を開けてと鳴く ミイヤの声がしなくなった ミイヤのやってくる道の闇が濃くなっていった たいぞうさんは布団を頭の上まで 引き上げて眠った 布団が広くなっていった

   ミイヤ(たいぞうさん2)

「ミイヤおいで」 たいぞうさんは戸を開けて家に上げてくれる たいぞうさんの布団は 冬はふたつをもぐらせ夏はひとつを上に乗せた 夜の間たいぞうさんはミイヤの人間だった

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飼い主の帰り待つ猫 スリッパに毛玉

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旅先で何度も見る待ち受け画面 猫二匹

   ミイヤ(たいぞうさん1)

ミイヤはたいぞうさんの猫だった ひとり暮らしの小さな家に 暗くなるとやってきた たいぞうさんはミイヤの人間だった たいぞうさんの布団はたいぞうさんの 濃い匂いがしていい気持ちだった

   ミイヤ(しずえさん4)

「ミイヤおいで」 しずえさんは今もしんとした畑でミイヤを呼ぶ しずえさんはミイヤの人間だったので ミイヤはちゃんとやってくる 風が草を揺すり ミイヤが近くにいると教えてくれる しずえさんは草むしりをはじめる

   ミイヤ(しずえさん3)

ある日から畑にミイヤが姿を見せなくなった このごろ痩せてきてヨロヨロと歩いていた きっとひとり 遠くへ行ったのだろう もう帰ってはこないだろうとしずえさんは思った 畑が広くなっていった

   ミイヤ(しずえさん2)

「ミイヤおいで」 しずえさんは畦に腰を下ろし一休み ポケットから出したグーの手をパーにすると いつも煮干しが乗っていた 畑仕事の間しずえさんはミイヤの人間だった

   ミイヤ(しずえさん1)

ミイヤはしずえさんの猫だった ひとり畑で草むしりしていると いつもどこからかやってきた しずえさんはミイヤの人間だった 休みなく動く手を見ているのは おもしろかった

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家の猫を待たせてペットショップで長居する人

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旅先で買う猫へのおみやげ

   虹を描く

蛙 虹 猫 描く 四つの漢字二つずつ ちょっと似ている

   ありがとうの虹

「もっと降ってもっと降って 」と蛙 「はやく止んではやく止んで 」と猫 しばらくして雨が止んだ 「あっ降ったのを喜んでくれてありがとうの虹」と蛙 「あっ止んだのを喜んでくれてありがとうの虹」と猫 消えるまで一緒に見上げた

   雨と猫

「雨が降ったら雨やどり」と猫 「雨が降ったら雨おどり」と蛙 雨が降ったら踊っている蛙のことを考えれば 雨が好きになるかなと猫は思った

   雨の気配

「もうじき雨が来るよ 背中の皮がうきうきしてきたもの」と蛙 「うんもうじき雨が降るね ヒゲの先がじんじんしてきた」と猫 蛙は高い声で猫は低い声で「ああ」と言い 「じゃあね」と別れた

   猫と蛙

「僕はあの蛙とは違うよ 今日会うのは初めてで きのうはタンポポの所で会ったね」 「うん分かってきたよ 君は僕を一番よく知っている蛙だ」と猫は言った 「今度は君を一番よく知っている猫になるよ」