猫まち

山崎るり子・みじか詩

2018-10-01から1ヶ月間の記事一覧

   電信柱

交番のお巡りさんの制服の 胸のあたりになぜいつも 猫の毛が付いているのか 謎を解くため探偵は ランドセルをしょったまま見張っている

   エゴの実

エゴの木の実の虫コブを エゴノネコアシというそうだ 丸い実が猫の足のようになってしまう エゴノネコアシアブラムシの仕業 ネコアシにならずにすんだうちのエゴの実 もうじきヒヨドリ,キジバト食べにくる

   窓

出窓で鉢植えが雨を眺めている ミナミナミナミナミナ どうしてぼくはぬれないんだろう 出窓で子猫が雨を聴いている テトッ テトッ テトッ テトッ どうしてぼくはこっちがわなんだろう

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猫抱いて風に背中を向ける

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猫待てば猫待つ人の家になる

   郵便配達夫

郵便配達夫はいつも 鞄の中に煮干しを入れている 手紙を待っているものもいる 煮干しを待っているものもいる 手紙が魚臭いと文句いうものも少しいる

   満月

歌うなと一ぴきが歌う 歌うな歌うなとみんなが歌う 歌うな歌うな歌うなと空を見上げて 歌うなの合唱

   ヌスビトハギ

帰ってきた猫の首輪に鈴は無く ヌスビトハギが付いていた 鈴は今頃どこかの草はらで誰にも気づかれず 小さく光っているのだろうか 月の光が注ぐ部屋で少年は 外に出なくなってから初めてぐっすり眠った

   鳴き声がする

座敷童子の 膝に乗っていたという 垂れ目の子猫 このごろだれも 見かけない

   抱けなかった猫

天国で再開したとき すぐには近寄ってこないだろうな はじめて出会った時のように でも今度は時間はたっぷりあるよ お互いにね

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猫を待つ人ゆっくりと老いていき

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猫を抱き上げて軽さ知る朝

   川のほとり

待つのはやめて捜しに出たのです 何十年も旅をしているのです 今はもう何を捜しているのか分からなくなってしまった 子どもの頃何度も呼んだ名前 腕の中の温かい重さ ああ あとほんの少しで思い出せそうなのにと そのおじいさんは言った

   花野

風のやぶれ目から 葉っぱが一つ落ちた 「落としましたよ」と子猫 風を追いかける

   野

毎年子を産んで子は大人になる前にみんな死んだ 野良で六年 痩せ細ってじきに姿を消すだろう 「先に行け わしもいつか一緒の所に行く」と婆さま 秋の野原 陽が当たって くっきりと静かだ

   セイタカアワダチソウ

あの猫,空き家のあの場所で 飼い主待っているんだと 子の子の子の子の子らしいが 三十年前と同じ首輪を着けているんだと

   いつか

月は毎日脱皮して大きくなるんだよ 子どもは猫の爪の鞘が入っている宝箱に いつか月の抜け殻も入れたい

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朝方の夢の中に猫は帰ってくる

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猫を抱いてあぶない橋を渡る

   鰹節屋

鰹節屋の猫に子が生まれたらしい 鰹節屋の子猫を貰うと 鰹節が一本付いてくるらしい 鰹節屋に猫がいるのを見た人はいないらしい 鰹節屋なんて最初からこの町には無いらしい

   質屋

質屋の蔵には鑑定書付きの 玉手箱があるといううわさ 猫の頭を撫でながら聞く

   米屋

東の壁に貼ってある 中納言行平の歌は消えかけて 米屋のねずみは増えつづけている

   薬屋

病気の猫がいる薬屋の シャッターは閉められたままで 今日は熱出す子どもはいない

   メガネ屋

「どうです? 耳の毛まで見えますか?」 老眼鏡を選んでいると 店主は猫を連れてくる

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猫抱いて見ている午後のサスペンス

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猫抱けば約束を忘れてしまう

   風

野の原に現れる風文字 猫の背中で筆を整えて 次の一行 又次の一行

   何やら

何とか山の天辺に生えるというネコダケ 何と猫の肉球の匂いがするという 何とかして手に入れたいという人も出たが 何せそのキノコだれも見たことがない

   葦

葦の茎に止まるスズメ 葦の茎がしなる 昨日より重くなったようれしいな いつかトンビになれるかな 葦の穂にジャンプするコネコ 葦の穂が揺れる 昨日より飛べたようれしいな いつかトンビを捕れるかな

   いい日

猫が横になり裏返ると ごろんが転がり出る 「ごろん」「ごろん」「ごろん」 葉っぱが枝々で裏返ると きらんがこぼれ出る 「きらん」「きらん」「きらん」 風が吹いてああいい日だな