猫まち

山崎るり子・みじか詩

2019-01-01から1年間の記事一覧

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猫待てば隣の家の夕餉の匂い

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猫抱いて薄荷のガムの息少しづつ出す

   夕ぐれ時

明るいが長くなったね 明るいが長くなった 夕ぐれ時が一番長くなったね 夕ぐれ時が一番長く長くなった 夕ぐれ時はさびしいね さびしいはなかなか暗くならないね

   眠れない夜

ニャーアと何度鳴いても 月は飛び越せなくて 気が動転してしまった 海の底でひっそりと 青い卵を抱いていたい いつまでも孵らない卵を いつまでもあたためていたい

   夕焼け

悲しい時は忙しいフリをしてセカセカ歩くといい 又は心臓の音を隠すように猫を抱くといい そう教わった 夕暮れの街は悲しい人でいっぱいだった その中に猫まで抱いて行く人を見た 西の空も見ないで

   口げんか

AとBの会話はどんどん激しくなっていった どちらも嫌な気分で別れた Bは猫と暮らしていたので 帰ると猫に慰めてもらえた 慰めてもらったのでBは 今ごろAは と思った

   晴れ間

帽子屋の猫は外が好き 紫外線が気になる店主 猫の頭上を飛ぶ帽子を考案中 もうすぐ雨が止む 猫は頭にハゲがある

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猫を抱いて田舎の父に電話する

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猫抱いて思うシンデレラのその後

   ゆかり先生

「先生,ももはおいしかったの?」 一年に一人くらいこういう子はいる 紙芝居にはもうイヌとサルが出てきている 「おばあさんもおじいさんもももをたべなかったの?」 キジも出てきて黍団子をもらった 「先生もそれは分からないなあ」次をめくる 夜 家でゆか…

   夜中

うちの猫が突然「ギイギャー」と鳴き この猫は恐ろしい猫だと何人かの人が思ったのが分かった ここで目が覚めた うちの猫は「ギイギャー」なんて大声は出さないのです 夢の中の人達は今も うちの猫は恐ろしい猫だと思っている

   ミミズ

口から肛門まで焼けるようだ 辛い じいっと辛い 「まだ生きているんだな 辛いんだな」 猫がやってきて言う ミミズはコンクリートの上で 干からびるには もう少し進まねばならなかった

   雨あがり

庭のすみのアオダモの木が 緑色を強くしたので その下を通る いつものうす茶の猫が 薄い

   望み

「一人暮らしになったら猫を飼うといいよと よくお母さんが言ってたなあ」 と言う人は九十七歳で 老人ホームの北側の部屋で 七十の娘が来るといつも ポツリと言う

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猫抱けば風の音近くなる

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猫を抱けば猫の一生を抱いていくのだと思う

   作品

ある朝花柄の座布団の上にさ 魂の抜けた猫のかたちがあったのさ 絵師は猫の形を抱いてさ泣いてさ それから今までで一番すごい魂の入った猫の絵を 描いたんだとさ

   猫は吐く

猫が吐く ネコジャラシの葉と穂 柔らかな小鳥の膵臓 七色の糸屑 ウスバカゲロウの羽 猫は吐く 赤ん坊の怖い夢 膝の上にいると耳にかかる 飼い主のため息 すっかり吐いて 裏返し日に当てた胃袋を元に戻すと 口角を上げ清々として歩いていった

   名古屋の猫

年寄り猫はトイレが長い 「よーけ飲みゃーすけえ よーけおしっこ出やーすなあ」 おばさん猫がチラと見て通り過ぎる 年寄り猫は砂もかけない

   雨の日

窓の外では ひさしが垣根が葉が 微かにそれぞれの音を立てていた 猫は部屋の長椅子に丸くなり 音の無い雨に濡れる 雨は毛を湿らせ眠りを湿らせ 猫をゆっくり重くする

   言葉

気持ちを伝えるために発する音はだらだらと 時間がかかりすぎる 噛み付く, そのほうがいい

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飼い主の帰りを待つ猫の爪が伸び

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黒猫待つ人にひそっと訪れるカラスアゲハ

   今

いろいろありがとうございました とは猫は言わない 今夜姿を消しますがどうぞ捜さないで とは猫は言わない いつもどおりに水を飲み背中を舐め 欠伸したりしている だから今 はとても平和な時間 お向かいの垣根のつるバラが満開だ

   猫はいかが

「猫はいかが? 見る猫 潜る猫 嘆く猫 飛ぶ猫 消える猫 チューチュー鳴く猫 パンでできた踊る猫もありますよ」 「本物の猫はいないの?」とお客さん 「本物の猫はいけません 手がかかってそりゃあ 大変です それに」と店の人 「私たちロボットにはあまり懐き…

   ひるね こねこ 3

ねむれないこねこの しっぽのそばでねむってあげましょう すっかりすやすや ねむりすぎ よなかにめがさめ もうねむれない しかたがないから こねこにあそんでもらいましょう

   ひるね こねこ 2

ねむれないこねこに おやすみのほんよんであげましょう しっとりしとしと ごごのあめ かさをなくした ねずみのはなし

   ひるね こねこ 1

ねむれないこねこに こもりうたをうたってあげましょう たっぷりたらたら ひるまねて よるになかまと あそべるように

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猫を抱いて猫のゴロゴロを肺に響かせる

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猫抱いて上の空の返事する人